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T 環境問題の現状
現代の地球と人間社会は大きな変動期にあり、地球上の生物もその影響を受けています。
地球は、資源の再生産能力と環境の汚染浄化能力の二つの点で有限であり、現代の問題は人間活動がこの限界を超えてしまったために起きていると言われています。
◇人口爆発による資源・生物乱獲
  世界の人口は、1950年に約25億人だったのが、2000年60億人を超えるほどに増加、それと共に、世界のGDPの総計は5.5倍に拡大しました。更に、2050年の世界人口は、90億人を超えると推測されています。
この急激な拡大は、地球の有限性の問題を発生させました。炭素系資源の大量消費(世界の石油はあと40年で枯渇すると言われている)による二酸化炭素濃度の増加は、温暖化現象など地球規模での変動起因になっています。
◇大量の汚染物質の排出による地球環境の破壊
  資源の浪費とともに、大量の汚染物質を環境中に排出しており、現在・将来にわたり健全な人間社会の存続を脅かしています。2000年時点での化学物質は約28百万種類が登録されており、この増加傾向は特にここ10年間で顕著になっています。化学物質による環境問題は、産業公害が問題となった頃は地域特性や特定条件が顕在していましたが、今起きている問題は、日常生活や通常の事業活動に起因し、不特定多数の者が原因者であり、反面、原因者が同時にその影響を受ける者になっているという二重構造性、また、発生原因の科学的解明に長期的時間を要するという問題も増加しています。現在流通している化学物質の中には未だ安全性の評価が行われず、人体や環境への影響の大きさが分かっていないものが多く残されています。
U 世界の環境問題への取り組みの経緯
1) 国連人間環境会議(ストックホルム会議)の開催
1972年(昭和47年)スウェーデンのストックホルムで「かけがえのない地球」をスローガンに国連人間環境会議(ストックホルム会議)が開催され、先進工業国においては経済成長から環境保全への転換が、開発途上国においては開発の推進と援助の増強が重要であるとされました。地球環境問題が認識され始めた黎明期です。
2) 「国連環境開発会議」(地球サミット)の開催
1992年(平成4年)、ブラジルのリオデジャネイロで「国連環境開発会議」(地球サミット)が開催さ、世界各国から100以上の首脳を含む約180か国の代表、国際機関、企業、NGOなど、2万人以上が参加しました。「環境と開発に関するリオ宣言」、持続可能な開発のための具体的行動計画である「アジェンダ21」に加え、「森林原則声明」が採択されるとともに、気候変動枠組条約及び生物多様性条約の署名が開始され、持続可能な開発を進めることが人類の安全で繁栄する未来への道であることが確認されました。
この地球サミットを契機として、環境に関する意識が世界的に高まり、多くの環境条約・議定書等が成立し、世界各国や国際機関等による取組が進展しました。また、地球環境に関する観測データの蓄積とそのメカニズムの解明、環境保全型企業活動の進展等もサミット後に急速に進展しました。 
3) 1997年(平成9年)「COP3」(気候変動枠組条約第3回締約国会議)で京都議定書の採決
1997年(平成9年)12月のCOP3(気候変動枠組条約第3回締約国会議)で京都議定書が採択され、その後、2001年(平成13年)10月にモロッコのマラケシュで開かれたCOP7(気候変動枠組条約第7回締約国会議)で京都議定書の運用に関する細則を定める文書が決定されました。
4) 「持続可能な開発に関する世界首脳会議」の開催
2002年8月末にヨハネスブルグ(南アフリカ共和国)において「持続可能な開発に関する世界首脳会議」が開催されます。ここでは、地球規模での持続可能性の確保に貢献することが期待されています。
V 日本の環境問題への取り組みの経緯
1) 高度経済成長期の産業型公害への対応(第I期:昭和30年代中頃〜昭和47年)
経済復興を優先した昭和30年〜昭和40年代の高度成長期において、石油需要が石炭需要を上回り、エネルギーの総供給量も約2倍に増加するなどエネルギー消費量が急増しました。汚染物質の排出量も経済成長にあわせて増加しました。
いわゆる四大公害病(水俣病、新潟水俣病、イタイイタイ病、四日市ぜんそく)が発生したのはこの時期です。昭和40年代に入ると高度成長と地域開発の進展に伴い、河川、海域等の公共用水域の水質汚濁が顕著になり、例えば、瀬戸内海の赤潮の発生件数が年間40件を超え、5年後の昭和45年には瀬戸内海のほぼ全域で発生、大量の漁業被害がでました。これに対し、行政・企業の問題解決への対応は迅速性に欠け、多数の被害者の発生と長期的苦痛を強いるものとなりました。
1967年(昭和42年)に公害対策基本法の制定、昭和45年「公害国会」で規制対象となる地域・施設・物質の拡大、地域の実情に応じた上乗せ規制、直罰制度の導入などの法律が制定又は改正され行政対応が動き出しました。
2) 環境基本法の制定、環境基本計画の策定。
1993年(平成5年)に、産業型公害から地球環境問題も含む環境問題への対応に視点を変えた「環境基本法」が制定され、翌1994年には、同法に基づく環境基本計画が策定されました。
3) 京都議定書 COP3(気候変動枠組条約第3回締約国会議)以降の動き
1998年(平成10年)に「地球温暖化対策推進大綱」が決定され、同年10月には「地球温暖化対策の推進に関する法律」が成立、1999年4月に「地球温暖化対策に関する基本方針」が閣議決定されました。
2002年第154回通常国会で京都議定書締結の承認、この決定に基づいて新たな「地球温暖化対策推進大綱」が決定され京都議定書の早期締結・批准に向けた取組が進められています。
   <関係図書紹介>
 
沈黙の春
(Silent Spring)
著者   レイチェル カーソン
       
(1907-1964)(米国)
翻訳者  青木簗一
発行所  新潮社
自然破壊の先駆書と言われ、化学農薬の乱用による自然と生物の破壊を多くの実証データに基づいて書き表したもの。1962年に出版されて全世界に大きな影響を与えた。
文明の逆説 著者   立花 隆
発行所  講談社
発行年  1984年
人口爆発による資源・生物乱獲など急激に進行する文明の高度発展、それにより発生する地球規模の多くの問題を客観的に指摘したもの。